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めざせ知識の無駄遣い

リトヴャク中尉の魔導針を再現したい

この記事は eeic (東京大学工学部電気電子・電子情報工学科) Advent Calendar 2021 の17日目の記事です.参加者減りすぎやろ…*1

RF関係をやっています.情報系の記事ではないです.

ストライクウィッチーズという作品があります.魔力が存在する世界の20世紀初頭を舞台に,異形から人類を守る,ミリタリー系のメディアミックス企画の一つです.

その中でも,根強い人気を持っている*2のがサーニャ・V・リトヴャク中尉です.オラーシャ帝国*3陸軍出身で,主要キャラクターの中では比較的大人しめな性格で描かれています*4.舞台となる世界には魔力が存在し,登場人物は魔法を使って戦うことになるのですが,彼女が持つ固有能力は「魔導針を使った全方位広域探査」です.能力を発動する時には頭部にアンテナ様の魔導針が発現し,電波を送受信することで周囲の状況をレーダー的に把握することができます.さらにこの能力を使い,夜間哨戒中には世界中の同じ能力を持つ者と電波で交信しているという設定です.

頭上の小さなアンテナで広範囲を索敵し,さらに世界中と交信できる…もしこの能力を現実世界に再現するとなると,どのような機材が必要となるのか….無線工学の知識を使って検証を行おうと思います.

注:この記事の目的はあくまで「魔力が存在する別世界の物理現象を現実世界で再現するとなるとどうなるのか考えてみた」に過ぎず,これ以上の意図はありません.

前提条件の確認

最初に,作品内で確認されている物理現象をまとめました.

  • アンテナ形状

魔導針自体は「魔法力が光として視認できているもの」との設定なので,これ自体はこちらの物理では説明ができないでしょう.現実世界で再現するとなるとどうしても金属を使うことになります. 「魔導アンテナは、実存するドイツ夜間戦闘機に搭載されていたレーダーアンテナをモデルにしています」「八木式呪術陣を組み込んだ、リヒテンシュタイン式魔導針」とのことから,全体の構成はLichtenstein radarとしつつ,各素子は八木・宇田アンテナで構成されているといえるでしょう.

公式イラストを見る限り,アンテナは2エレメントを2×2のスタック構造にしているようです.

  • 通信方式

公式ではこれら一連の通信には「魔導波」というものが用いられていますが,電離層で反射する,ラジオを受信できる,チャフで妨害を受けるといった特徴から現実世界での電波と同等のものであると考えられます.

送信情報については,音声(Phone)をやり取りしていることは明らかです.変調方式については定かではありませんが,今回はアナログ変調で一番遠くまで飛ぶとされるSSBとして考えます.

  • 電波伝搬

「電離層の状態が良ければ地球の裏側まで飛ぶ」との記述から,短波帯の周波数であると考えられます.また,交信を行うためには地球の裏側でも音声が聞き取れる程度のSN比を実現している必要もあります.飛行中に交信を行っていることから,地上の障害物によるフェージング等の影響は考慮しないものとします.

各種考察

ここから一気に無線工学の話になります.長いです.

通信方式の考察

電離層について

地球のまわりには電離層という層が存在しています.大気中の分子が,紫外線により電離することで生じます.この層は地表に近い順にD層,E層,F層と分類されます.電離層には特定の周波数の電波を反射する特性があり,この層によって電波が反射を起こすことで,見通し距離を超えた長距離通信が可能となります.太陽からの紫外線で生じることから,昼夜によってその層の出来方は変化します. Muttley - Self-published work by Muttley, CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=10964530による

この図 は,昼夜による反射する電波の違いを表しています.今回考えている通信は主に夜間行われている短波帯(High Frequency: HF)のものとなります.夜間にはD層が消え,電波はE層を抜けてF層で反射します.

MUF, LUF, FOT

電離層は特定の周波数の電波を反射しますが,よく反射される周波数は昼夜で変化します.ある状態の電離層が反射できる最大・最小の周波数をそれぞれ最高使用周波数(Maximum Usable Frequency),最低使用周波数(Lowest Usable Frequency)といいます.また,MUFの0.85倍の周波数を最適使用周波数(Frequency of Optimum Traffic)といい,多少の変動でも通信できる最適な周波数としています.

https://www.met.nps.edu/~psguest/EMEO_online/module3/mufchart.gif

HF Radiation - Choosing the right frequency より

この図は,典型的なMUF, LUF, FOTの1日での変動を表しています.電離層が厚くなる日中に,反射可能な周波数が上昇していることがわかるかと思います.

今回想定している通信は夜間に行われていることが多いため,夜間に電離層反射を起こす周波数である必要があります.また,「夜間しか聞こえない」とのことなので,日中のLUFより下の周波数であることが推察されます.これらの情報から,夜間~夜明けのMUF,LUFの間に収まっている3.5MHz帯(波長約80m)が使われているとして考えます.

アンテナの考察

エレメント長について

アンテナを見ると,エレメント2本分の長さが頭の大きさになっているように見えます.公式プロフィールで身長が152cmと書かれていること,さらに立ち絵から計算すると,一素子の長さは約14cm(片側7cm)と考えられます.

推測される長さ.後ろの機構で整合を取っているのかもしれません.

八木アンテナといっても,これは乱暴に言えば半波長ダイポールアンテナを複数本並べたようなものと同じなので,簡単のためにまずはダイポールアンテナとして調べてみましょう.

これが普通の半波長ダイポールアンテナとすると,素子の長さは受信する電波の半分の波長であるから単純計算では1.07GHzの電波の送受信に向いていることになります.しかしながら,実際はさらに波長の長い短波帯を使っていることから,現実世界でこのエレメント長で再現するためには何かしらの加工を施す必要がありそうです.

一般的に,使用周波数に比べてエレメント長が非常に短いダイポールアンテナは負のリアクタンスを持つことになるので,アンテナと送信機の整合を取るためには正のリアクタンスを持つインダクタを直列に挿入する必要があります.

しかしながら,アンテナ片側の長さである7cmというのは波長(80m)の0.000875倍ということになります.あまりに微小すぎますが,超短縮ダイポールアンテナ+インダクタという設計はできるのでしょうか?解析ソフトを使って検証してみましょう.

MMANA-GALという無料で使えるアンテナシミュレーションツールがあります.ある周波数に対するインピーダンスも導出してくれるので,これに設計値を入れてみましょう.

14cmの半波長ダイポールアンテナとして,3.55MHzでのインピーダンスを見てみました.0.0005 -j90432 というとんでもない値になってしまいました.SWRは200万を超えています*5これでは信号が全反射して,アンテナとしての役割を果たせません.

なんとか使えるようにするには,アンテナ素子にコイルを使うことで虚数成分を打ち消しつつ*6同軸ケーブルとの整合を取る必要があります.まずは,+j90432を持つコイルを設計しましょう.

コイルのリアクタンスは j 2 \pi f L と表されるので,これにf=3.55 × 106 を代入するとインダクタンスLの値は 4.05mHとなります.計算の結果,空気中(比透磁率1)でこのコイルを巻くとなると直径36cmの円を95回巻く必要があるという結果になりました.直径的に後ろにエレメントをもう一つ付けるのが無理ですね.比透磁率の高い物質を中に入れれば小型化できるかもしれません.もはや,これがアンテナと言えるのか?というかんじですね.*7

利得の調査

今まではアンテナ素子の計算をやっていましたが,その素子によって構成されるアンテナ全体の利得を調べる必要があります. MMANA-GAL で作中と同じ構造のアンテナを設計して,利得を見てみましょう.

スタックしたアンテナ全体の利得

XY平面できれいな無指向性になっているようです.レーダー探査に最適(?)ですね.アンテナの絶対利得(図中のGa)は1.8dBiということでした*8.この値は次項で使います.

出力電力の考察

続いて,作中で行われている伝搬を起こすのに必要な送信電力を考察します.

伝搬に考慮すべき要素

作中では,電離層で反射した電波を地球の裏側でも聞き取れるレベルで受信しています.まずは,地球の裏側に達するまでに起こりうる伝搬に伴う減衰を考えてみましょう.

伝搬そのものによる減衰(自由空間伝搬損失)

アンテナから電波を発射すると,その強度は発射地点から離れるにつれて減衰していきます.*9この減衰の度合いはフリスの伝達公式で表すことができます:

 \displaystyle
P_R = ( \frac{\lambda}{4 \pi d} )^2 G_T G_R P_T

 P_R : 受信電力, \lambda: 波長, d : 伝搬距離, G_T: 送信アンテナ利得, G_R: 受信アンテナ利得, P_T: 送信電力.

今回は,波長80m,送受信に同じアンテナを使うとして双方の利得をさきほど導出した1.8dBi(=等方性アンテナと比べて1.51倍多くの電力を受信できる)として代入し,伝搬距離をこれから求め,必要な受信電力から送信電力を求めます.

電離層での減衰

「通信方式の考察」で紹介した図を見ると,夜間のHFの電波はE層を抜けてF層で反射を起こしています.この電離層の通過/反射の時にも,ある程度の電波の減衰があります.*10

最初に,電離層反射による減衰を考えます.「使用する周波数fとそのときの最高使用可能周波数の比に関係する」との記述から,MUFを考慮して考察します.さきほどの図によると,夜中~明け方のMUFの平均は13MHzほどになっています.13MHzでは電離層を突き抜けてしまう(突き抜ける量が1)とすると,3.5MHzとの比を取って,3.5MHzの場合の突き抜ける量は7/26となります.つまり,一回の反射で電力が19/26倍に減少するということになります.これに加えて,地上での反射による減衰量を考える必要がありますが,簡単のため電離層と同程度とします.

続いて,E層を通過するときの減衰量を考えます.こちらは「電子密度にほぼ比例し,周波数の2乗にほぼ反比例する.さらに電波の経路長にも関係し,電離層を斜めに通過するほど経路長が長くなって減衰が大きくなる.」とありますが,具体的な数値は不明です.今回の通信を考えると,夜間で電子密度が薄くなっているため減衰量が少なくなる一方で,見通し距離の限界からの伝搬を想定しているため電離層への入射角は大きくなり,減衰量が増えるという要素もあります.ここも簡単のため,電離層反射と同程度の減衰量とします.

つまり,一回電離層で反射して地上に戻る際には E層通過→F層反射→E層通過 で   \frac{19}{26} ^3 倍に減衰することになります.

伝搬距離の考察

等価半径

地球の半径は6370kmで,電波はこの周りを反射して見通し距離外へ伝搬します.電波が伝搬する際,標高が変化しても直線的に伝搬するように思えますが,実際は気圧や大気状態の変化によって湾曲して伝搬します.これらを考慮した伝搬を考える際,地球の半径を大きくすることで直線的に伝搬すると等価的に考えることができます.この際の地球の半径を等価半径といい,半径を4/3倍にして考えることになります.

https://rikutoku-kobeya.com/wp-content/uploads/2020/01/%E7%AD%89%E4%BE%A1%E5%9C%B0%E7%90%833.png

https://rikutoku-kobeya.com/dennpadennpann/toukatikyuuhannkei/ より.

等価半径を考慮した伝搬距離

電波が反射するF層が存在する高さは100kmほどです.等価半径を考慮すると,地上から電離層までの電波的見通し距離は約1300kmとなります*11.よって,発射された電波が電離層で反射して再び地上に達するまでに,地上では約1296×2km進むことになります.一方,等価半径で考えた地球の半周は約26682kmとなります.これを1296kmで割ると約21回となりますが,地上で受信するためには*12少なくとも21+1個に折れ曲がって伝わる,つまり20+1回の反射が必要ということになります.よって,電波が進む距離は1300×22 = 28600kmとなります.

また,21回の反射ということは 電離層通過+反射を21セット + 地上に戻る際の通過1回 を経ることになるので,この間の減衰により電力は (\frac{19}{26})^{2 \cdot 21 + 1} = 1.39e^{-6} 倍になります.フリスの伝達公式に代入する際,送信電力にこの値を掛けることになります.

今回考えている電波伝搬

電離層反射で進む距離と減衰

受信側で必要な電力

最後に,十分に理解できる程度の音声を受信するために必要な最低限の電力を調べました.これは受信機の受信感度で表されますが,今回はIC-7300という無線機の受信感度を参考にしました.説明書によれば,3.5MHz帯のSSBの受信感度は0.16μVとのことなので,50Ω系で考えると最低受信電力は 5.12e^{-16} Wとなります.

最後に,フリスの伝達公式にこれらの値を代入して,送信電力を求めたところ,必要な送信電力は3260Wとなりました.実際はこれにコイルの損失や空気中の白色雑音などが入り込んで,必要な送信電力はさらに増えるでしょう.

さて,この3260Wというのを聞いて,どのように感じましたか?この3kWというのは,TOKYO MXの送信電力と同じくらいです*13東京スカイツリーから関東圏に飛ばすのと同等の電力に加えて,信号を作り出すトランシーバーと,信号を3kWに増幅する高周波増幅器(リニアアンプ)を持ち運ぶ必要があるということになります.*14さらに,これらを十分な時間駆動させることのできるバッテリーも必要となります.

結論

魔力スゴイ!!

だらだらと書いていましたが,要は,作中で言及されている性能を現実世界で再現するためには直径36cmの円を95回巻いたコイルを8つ用意してそれを頭に取り付け,3260W以上出せる高周波増幅器と電源装置・無線機を運びながら飛行する必要があるということになります.これを頭上のアンテナと魔力でやっているわけですね~.

この文章は素人が見様見真似で書いたものです.「ここ物理的におかしいやろ」という指摘があればそれとなく教えてください.本職のRF屋さんも見る可能性があると考えるとなかなか怖いですね.

そして,皆さん一陸技を取って謎考察を一緒にやりましょう

さいごに

1期6話と2期6話と3期8話とOVAがオススメ.

参考文献リスト

  1. 島田フミカネ(2018), 『The World Witches 2018』, KADOKAWA.
  2. ニュータイプ編集部(2009),『ストライクウィッチーズ オフィシャルファンブックコンプリートファイル』, 角川書店.
  3. ニュータイプ編集部(2010), 『ストライクウィッチーズ2 オフィシャルファンブックコンプリートファイル』, 角川書店.
  4. 吉川忠久(2009),『1・2陸技受験教室 無線工学B』, 東京電機大学出版局.
  5. 吉川忠久,野崎里美(2017),『第一級陸上無線技術士 やさしく学ぶ無線工学A』,オーム社
  6. 小暮裕明, 小暮芳江(2009),『小型アンテナの設計と運用』, 誠文堂新光社.
  7. 中野義明(2015),『電磁波工学の基礎』,数理工学社
  8. 九鬼孝夫(2016),『中波帯,短波帯の電波伝搬』, 映像情報メディア学会誌 Vol.70, No.3, Online: https://www.jstage.jst.go.jp/article/itej/70/5/70_464/_pdf (2021-12-16)

そのほか,多くのブログ記事.

*1:私が工学っぽい記事を書いているだけで,基本的に何書いても良いはずなので,書きましょう😢

*2:発表から15年ほど経った現在でも新規グッズが作られていたりする

*3:ロシア帝国及びソ連がモデルの国家という設定

*4:唯一,モデルとなったエースパイロットが女性であることが関係しているかもしれません

*5:最適値は1で,2以下に収まると良いアンテナとされている

*6:ヘリカルアンテナというものです

*7:さらに整合を取ろうとするとコイルだけでなく容量を並列に挿入する必要がありますが,コイルほどの見ごたえは無いので省略します.

*8:ほぼ微小ダイポールアンテナと同じです.

*9:例えば,全方向に等しく発射した場合,受信距離が離れるにつれて球面が大きくなり,電力密度が減少します.

*10:それぞれ第一種減衰・第二種減衰と呼ばれています

*11:厳密には,電波発射開始地点は空中なのですが,作中では雲と同じ程度の高さ=3kmくらい から送信していることを踏まえ,これは100kmよりもはるかに小さいとして,地上から送信していると近似しました.

*12:地上で発射して地上で受信するためには,奇数回の反射が必要です.

*13:テレビの電波は今回考えた周波数よりも高周波であり,自由空間伝搬損失がより大きいうえに電離層反射が滅多に起きないため,今回の電波と異なり関東圏にだけ伝搬しています.

*14:例えば,1kWに増幅するアンプとしてIC-PW1というものがありますが,これは28kgの重量があります.3kWの設備となると,これよりも大きなものとなるでしょう.