1mmから始めるRFリニアアンプ(WEB版)
改訂版販売のお知らせ
本記事に補足を加えた完全版を電子書籍にて販売中です。ご興味があればぜひご覧ください。
※ この記事はハムフェア2022で頒布した記事を加筆修正したものです.今後も新たな知識の蓄積のために更新されるかもしれません.
はじめに
アマチュア無線において,リニアアンプは大きな出力を得るのに必要不可欠な装置です.コンテスト等で幅広い局と交信するためには,出力を上げることは重要です.
リニアアンプは市販品がありますが,自作することも可能です.しかし,参考書やインターネット上の記事を読んでみると,専門用語や暗黙のルールが多用されており,初心者にとっての敷居が高いように思えました.この記事は,リニアアンプを作ってみたい!と思い立った方がこういったインターネット上の記事をわかりやすく読み進められるようになることを目指して作ったものとなります.
本記事では,まずリニアアンプで用いられる増幅回路を説明したあと,実際に小型のリニアアンプの試作を通じて回路や各素子の仕組みを紹介していきます.
余談: ハムフェアで頒布していた時,「なぜ1mmなんですか?」という質問がありました.知識が無いことを「1mmも知らない」と言うことがある*1だけで,波長とかそういう深い意味はありません.多少の電気の知識は必要なので「ゼロから」は使っていません...
増幅の仕組み
アンプは入力された信号を大きくする(増幅する)ものです.特に,アマチュア無線においては,望まぬ周波数帯の電波(=スプリアス)が出力されないような,「線形性の高い(リニアな)」アンプをつくる必要があります.どんな方法が使われているのでしょうか?
増幅回路の設計は雑に言えば「消費電力と線形性を秤にかける」ようなものです.よって,どちらを優先するかによって回路の種類は複数存在するのですが,よく用いられるのは「プッシュプル(PP)」増幅回路という形式です.RFは交流の信号ですが,トランジスタを2つ使い,入力電圧が正電圧の時と負電圧の時で増幅を行うトランジスタを切り替えて増幅します.これにより,他の形式よりもある程度の線形性を確保できるとともに待機時の電流(アイドリング電流)を抑えることができます.後述する試作回路でもこの方式を使っています.詳細は次節をご覧ください.
実際にやってみた
実際に部品を購入して,小さなFET式リニアアンプを作ってみました.図1に今回作成した回路図と実物写真を示します.それぞれの役割を一つずつ書いていきます.
1 入力トランス
FETの入力部における特性インピーダンスを小さくするために使っています.これを小さくすることで,特性インピーダンスとFETのゲートが持つ容量から構成されるRCを小さくして,増幅回路が充分増幅可能な周波数の上限(コーナー周波数)を上げることができます.今回は巻き数比を2:1として,インピーダンスを4:1に変換しています.コアの選び方は『定本 トロイダルコア活用百科』に詳しく書かれています(HF程度であれば43材か61材で良いと思います).リン青銅板を丸めてパイプ状にしたものをコアに通して,生基板を削ってこちら*2 に記載されているような形の基板を作ります.これに配線を二周巻くことで,1次側の巻き数2,2次側の巻き数1のトランスができます*3
2 スワンピング抵抗
FETのゲート(入力端子)とGNDに渡っている抵抗.入力インピーダンスに近い値を使うことで,広帯域でインピーダンスがなるべく変化しないように置いています.今回の場合,トランスでインピーダンスを4:1に変化して,それぞれを平衡回路に分割しているので各素子6.8Ωとして,合計12.5Ωに近い値を使っています.大きく外れた値を使うと信号が反射してしまい,FETに効率よく信号を与えることができません.
直流成分をカットするコンデンサです.後述しますが,このコンデンサの右側にはバイアス用に直流成分が存在するので,これが左側に流れないようにします.この状態で交流信号を入力することで,FETにはバイアスをかけた状態で入力信号を与えることが可能となります.
4 RFC(バイアス用)
バイアス生成回路に入力信号(交流成分)が流れ込まないように置いているインダクタです.801FBという小さなビーズコアに配線を通しています.インダクタを配置することで,交流成分を阻止して直流成分のみ通すことが可能となります.
5 NFB付き増幅回路(ソース接地×2)
回路の肝となる部分です.回路の安定のためにFETの出力から入力に200Ω程度のフィードバックをかけています.また,ゲートに直列に抵抗を入れています.これにより,寄生容量等による高周波における増幅回路の利得を下げて回路の発振を防ぎます.
6 バイアス分圧抵抗
8で生成したバイアスを分圧するための抵抗です.今回は,ゲートに与えるバイアスは生成回路の出力の2/3となります.回路がオフした際にゲートにたまっている電荷を逃がすために,ゲートとGNDをつなぐ抵抗を設置しています.
7 逆流防止ダイオード
万が一5の回路が壊れてしまい,入力(ゲート)と出力(ドレイン)が導通した際には,ゲート電圧が電源電圧と同じ値となるため,バイアス回路側に電流が流れてバイアス回路も壊れる可能性があります.これを防ぐためにダイオードを置いて電流が逆流しないようにしています.
8 バイアス生成回路
線形性を保ってFETを動作させるためにはゲートにある程度の電圧をかけた状態で信号を入力する必要があり,この回路はFETのゲートに与えるための直流成分を作る回路です.可変レギュレータと可変抵抗により構成されています.
9 出力トランス
出力部につけることでインピーダンスの変換を行います.今回の回路では,1次側のインダクタが5の増幅回路における負荷抵抗を同時に担っています.増幅回路の出力電力は で表されますが,今回の増幅回路の場合,Vは電源電圧となり,Rはソース接地増幅回路から見た負荷,つまり後段回路の特性インピーダンスで表されます.トランスによりインピーダンスを下げることで,Rを小さくして電力を増やすことができます.*4入力部よりも大きな電力が通過することになるので,大きな部品を使ってあげる必要があります.今回は秋葉原の斉藤電気商会で買った43材のスリーブコアを使いました.
10 RFC(電源用)
役割は4と同じです.インダクタを直列に入れることで,交流信号である出力が電源装置の方に流れないようにします.
11 バイパスコンデンサ
回路図でハイライトしていないコンデンサは全てバイパスコンデンサ(パスコン)というものです.GNDと配線部分をコンデンサでつなぐことで,ノイズや交流成分をGNDに流して,配線部分の電圧が変動しないようにします.主に直流信号が重要となる箇所に設置されています.幅広い周波数のノイズを逃がすために,1000pF~10uF程度の幅広いコンデンサが至る所に使われています.
12 ヒートシンク・ファン
トランジスタが増幅を行う時,増幅された信号を出力すると同時にエネルギーの一部が熱となって放出されます.この熱を逃がしてあげないと石が焼き切れてしまいます.トランジスタにグリスや放熱シートを貼ってヒートシンクに取り付けるのがメジャーな放熱対策です.また,ヒートシンク自体が発熱しすぎるのを防ぐため,ファンを使ってヒートシンクに空気を流して冷やすことをよく行われます.
ヒートシンクの大きさは流れる電流等から定量的に決めることができます.『定本 トランジスタ回路の設計』に詳しく書かれていたと思います.今回の試作ではあまり考えずに日米商事で買ったヒートシンクを使っています.
13 ダミーロード
アンプが完成した後でも,調整を行って問題が無いことを確認するまではアンテナに繋いではいけません.アンプの試験中は出力をダミーロードと呼ばれる抵抗に繋いで不要な電波が飛ばないようにします.大電力に対応するためには多くの抵抗を並列に繋ぎつつ,合成抵抗が50Ωとなるようにします.
14 LPF(今回は未実装)
今回は実装していませんが,実際にアンプを作る際には出力の後段にフィルターを置く必要があります.プッシュプルを使っているとはいえひずみによる高周波成分が少なからず存在するので,フィルターを通して高周波成分を除去する必要があります.9と同様,大きな電力が通過することになるので,定格の大きな素子を用いる必要があります.広帯域なリニアアンプを作る場合,使用バンド毎に異なる特性を持ったフィルターを用意する必要があります.
15 ツェナーダイオードを使った温度補償(今回は未実装)
石が増幅を行い続けて発熱し,焼き切れるのを防ぐための対策として,バイアス電圧を下げて入力を小さくすることが挙げられます.図中の7のダイオードに加えてツェナーダイオードをカソード同士が向かい合うように接続し,この素子をトランジスタに密着させます.ツェナーダイオードは正の温度係数*5を持っているので,温度が上昇するとバイアス生成回路からゲートまでの電圧降下が増えて、ゲート電圧が下降するという仕組みです.
16 リレー(今回は未実装)
リニアアンプ回路は電波の送信の際に使うことになりますが,受信の際には必要の無い回路です.受信の際にアンテナから無線機までにこの回路を挟むと信号が減衰したり聞こえなかったりする可能性があるので,リレーによって送受信の際の無線機-アンテナ間の通り道を切り替える必要があります.トランシーバーには送信時のみ電圧が変化するSEND端子が付いているので,これによってリレーを切り替えます.
17 ALC回路(今回は未実装)
本来の想定よりも大きな電力が回路に入力されるとトランジスタが壊れる可能性があります.これを防ぐために,入力部分に電力をコントロールする回路を置く必要があります.これをALC(Automatic Level Control )といいます.
以上が主要な部品となります.回路を組んだ後に実際に7MHzの電波を入力したところ,0.3W入力で3Wの出力を得ることができました.
プッシュプルのリニアアンプ製作を通じて,リニアアンプの基礎の基礎をお伝えしましたが,いかがでしたか.ぜひリニアアンプ製作をやってみたいと思い立った際は,この記事を片手に多種多様な制作例をご覧いただければ幸いです.この記事には,初心者の方でもわかりやすいように私なりに自己流の解釈を加えた箇所があります.万が一,本来の意図と異なるような記述を発見した場合は,私のTwitter(@JJ1IBY)のDMへご連絡をお願い申し上げます.
付録: 用語・その他の知識集
最後に,私がリニアアンプ試作を進めるにあたって当初理解に困った用語・よく混同されがちな言葉などをまとめます.
- バイポーラトランジスタ・FET
どちらもトランジスタの一種です.バイポーラトランジスタは入力される電流の変化を検知して増幅した電流を出力するのに対して,FETは入力される電圧の変化を検知して対応する電流を出力します.どちらにもそれぞれの良さがありますが,現在のRFリニアアンプに関しては素子の入手性や回路構造の簡潔さ*6から専らFETが使われています.
- トリマーコンデンサ
可変容量です.今回は使っていませんが,1のトランス出力に容量を挟むことでマッチング回路を構成し,特定の周波数での効率を上げることができます.よく使用例にある大きなエアトリマーなどはマジで入手できず,泣きを見ています.因みに9の入力には150pFのマイカーコンデンサという種類の容量を入れています.
- 完成後の試験
リニアアンプが完成した後は,性能を測定する必要があります.主な測定項目は以下となります.
- 相互変調歪み(IMD)
リニアアンプとはいえ,ある程度の増幅の際の歪みは存在します.歪みが大きいと想定していた周波数以外の信号成分が存在して,スプリアスをばらまくことになったりSSBの音声が聞こえづらくなったりします.これを避けるため,増幅の歪みの度合いを測定する必要があります.ツートーン生成器と呼ばれる回路を使って二つの異なる周波数の正弦波を合成したものをSSBの入力として,出力の周波数成分をスペクトラムアナライザ等で観察します.大電力をそのままスペクトラムアナライザに入れると故障するので,カプラーなどを通じて一部分の電力だけ取り出すのが良いです.想定している成分と比べて余計な成分が40dBほど小さければ問題無いでしょう.
- 入出力の対応・P1dB
入力電力と出力電力の対応付けが必要となります.また,入力電力が小さいうちは出力電力が入力に比例しますが,入力電力が大きくなるにつれて出力が飽和して増幅の度合いは小さくなってきます.比例する場合と比べて1dBだけ出力電力が小さくなる点をP1dBといい,これより大きな入力電力の場合は歪みが発生する可能性があるため推奨されません.
- リターンロス
周波数による反射の度合いを調べます.リターンロスが小さいほど,その周波数においてマッチングが取れていることになります.先述のトリマーコンデンサを調整することで,特定の周波数のみリターンロスを非常に小さくしたり,幅広い周波数でそれなりのリターンロスを確保したりといった周波数特性の調整ができます.VNAなどを使うと良いでしょう.